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ウサギノネドコと不意のうつくしさ

ウサギノネドコと
不意のうつくしさ

2026.03.31 STORY

CONTENTS

“ウサギノネドコ”、どんなところ?
何かのついでに、うつくしい
心の声に、耳を貸したら見えてきたもの
試行錯誤の日々。今日もまた

原綿、藍の葉、綛(かせ)に生地。MOMOTARO JEANSの店頭にある、直方体のアクリル樹脂に封入されたオブジェクト。これらはグローバルデニムキットと呼ばれ、デニムができるまでの過程を感覚的に知っていただけるようにと考えられたものです。その制作を担ってくれたウサギノネドコは、自然と向き合い、アーティスティックなプロダクトをつくり続ける京都の気鋭集団。彼らはどのようにして、そうした表現に至ったのでしょうか。発起人であり代表の吉村紘一さんにお話を訊きに、京都にあるウサギノネドコの社屋を訪ねました。

PHOTOGRAPH : Kousuke Matsuki
EDIT & TEXT : Rui Konno

“ウサギノネドコ”、どんなところ?

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―いろんな石や植物に囲まれながら、みなさん黙々と作業されていますね。今はどんなことをされているんですか?

タンポポの綿毛をアクリルに入れてから切って、断面が見えるものをつくっています。それがちょうど仕上がってきたので、スタッフがそれを検品しているところです。

―タンポポの綿毛の断面と聞いても、ちょっと想像がつきませんね。

そうですよね。普段はまず見られないところだから。これはSola cube(ソラキューブ)という4cm角のアクリルキューブに植物を封入したシリーズなんですけど、この社屋では封入前の植物素材を選別したり、届いた製品を検品して出荷したり、試作を行ったり…。日々そんなことをやっている工場とラボを兼ね備えた空間です。

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―このアクリルにはどんなものでも入れられるんですか?

いえ、水分を含むもの、中に空洞があるもの、あとは熱で色が褪色しちゃうものは難しいんですよ。アクリルは釜の中で200度近くの高温になって、そこに圧力も加わるので。押し花を封入したシリーズもあるんですが、押し花は色がすぐに褪色してしまうのでこれまでは製造が難しかったんです。樹脂量を減らしたり、いろいろと試行錯誤しながら実験して、繊細な花の色をそのまま残せるようになりました。最初にこのウニを樹脂封入しようと思ったときも、圧力でバキバキに割れてしまったりして。

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―え、これがウニですか!?

はい、これはバクダンウニっていうウニの外骨格です。このイボのところはトゲが生えていた跡です。ウニはヒトデの仲間なんですが、よく見てもらうと球状というよりは、五角形を膨らませたような形になっているのがわかると思います。トゲとトゲの間のこの細い線には小さな穴が無数に空いていて、そこから管足というパイプ状の足が出ています。よく水族館で水槽にウニが張り付いたりしていますが、この管足を使って張り付いているんです。ウニの外骨格は種によってピンク、紫、緑とかいろんな色がありますけど、全部自然の色です。

―すごい。初めてウニのことをこんなに考えました。

(笑)。あとその隣に置いてあるのはジオード、水晶ですね。水晶ってどんなふうにできるかご存知ですか?

―いえ…。地下にできるっていうのは聞いたことがありますけど。

水晶ってものすごく熱と圧力がかかった水が、徐々に冷却される中で結晶するんですよ。地球の内部にマグマがあるじゃないですか。それが地下で冷え固まるときに、その周囲にある水の中で二酸化ケイ素が徐々に飽和状態になって少しずつ結晶するんです。地球の70%は二酸化ケイ素からできていると言われていて、水晶もそれが結晶したものです。ガラスも二酸化ケイ素ですけど、地球の70%はこれと同じ成分からできていると考えると不思議ですよね。

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―驚きばかりですけど、本当にいろんな学びがありますね。

この社屋にはお菓子の製造工房もあるんですけど、「このジオードをスイーツで再現しよう」となって、割ると中で水晶の結晶が再現されたシュークリームをつくって、カフェで提供したりしています。

―(笑)。急に飛躍っぷりがすごいですね。うわ、でもめちゃくちゃリアル…!

ウサギノネドコではとにかくそういうニッチなことばかりやっています。ニッチだけど入り口は広くありたいなと。

―他にも見たことのない植物がたくさんあって目移りしますね。これはクルミですか?

はい。オニグルミです。

―この横に添えてある“宙言葉”というのはなんですか?

Sola cubeでは宙言葉(そらことば)と言って、それぞれに花言葉のような言葉をつけています。植物が持つ個性から考えていて、オニグルミで言えば“共存共栄”です。

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―なぜオニグルミにその言葉をあてられたんですか?

オニグルミの実ってめちゃくちゃ硬いんですけど、リスとかの小動物はかじって割ることができるんです。クルミの中には発芽するための子葉という栄養が詰まった部分があって、その部分がリスの好物なんですよね。クルミはその栄養を使って発芽するんですけど、一方で発芽するためにはリスがエサを蓄えるような地中に埋めてもらう必要があるんです。リスは冬を越すためにクルミを地中に埋めて、貯蓄して、少しずつ食べる。それで春になって食べ残したクルミが発芽するんですよ。だから、クルミと小動物は共存共栄の関係にあるんですよね。クルミからすれば「エサとして僕たちを食べてもいいよ。でも、ちょっとだけ残しておいて発芽もさせてね」っていうふうな。

―そんな仕組みがあったんですね。知ると納得です。

その言葉の由来を知ってギフトに選んでくださる方もいますね。植物が面白いところは、基本的に自分の力では動けないので、他の自然の力を利用して子孫繁栄する戦略を取っているところなんですよ。例えばこのアリノキは宙言葉を“流れをつかむ”としているんですが、この植物は種を少しでも遠くに運べるように、風に乗って飛ぶような構造になっています。

―バドミントンの羽根みたいですね。

そうですね、下に種がついたプロペラみたいな構造で、風を受けるとくるくる回ってゆっくりと落ちていくんです。それによって滞空時間が伸びてより遠くに飛べるし、落ちたときの衝撃からも種を守れる。

何かのついでに、うつくしい

―植物がまるで意志を持っているように、独自の進化をしているのがすごく不思議ですね。

造形に意味があるのが、自然物は面白いなと思います。美しくなろうとしてこの形になっているというよりも、生き延びるためにたどり着いた形が結果として美しいのではないかと。そして自然が選んだ造形が必ずしも最適解ではない、というところまで含めて面白いと思っています。

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ウサギノネドコの力を借り、MOMOTARO JEANSが自社のデニムの出自や成り立ちをアクリル内で表現したグローバルデニムキットは、MOMOTARO JEANS各店の店頭に置かれている。そこから派生し、今春限定でこれらを小型化したペーパーウェイトを一定額以上の購入者に進呈予定。

―確かに明確な最適解があったら、ほとんどの植物が同じ形になってしまいそうですもんね。

そう思います。そんな中でもキク科のタンポポは子孫繁栄させるために本当によくできた造形をしています。葉っぱが地面にへばりつくように放射状に生えているんですが、冬に急激に寒くなっても土に近いことで暖かさを保ったり、放射状にすることでできるだけ光合成がしやすい造形にもなっています。あと花がしおれたあとにもう一回茎をぐんと伸ばすんですが、それも綿毛を少しでも遠くに飛ばすための装置なんですよね。種をつけた綿毛は乾燥して風が吹くときが一番遠くへ飛べるから、雨が降ったらパラシュートがちゃんと閉じるようになっている。遠くに飛べないタイミングでは綿毛を飛ばさないような仕組みになっているんです。キク科は植物の中でも爆発的に繁栄したんですが、その理由が植物の造形や子孫繁栄の方法にあると思います。植物の中の勝ち組ですよね。

―身近な植物にも、そうやって考えると気づきがたくさんありますね。

Sola cubeではアクリルに封入してどう美しくみせるかを常に考えてはいるんですけど、それは手段なんですよね。それよりも植物の背景にあるストーリーが面白いから、それを伝えたいなっていう気持ちが強いです。

―すごくわかります。吉村さんは子どものころからこうした自然物に触れる機会が多かったんですか?

いえ、むしろ全然ありませんでした。僕は生まれこそ京都ですが、父親が海外赴任の多い仕事で幼少期はタイとかフィリピンとか、東南アジアで過ごしました。自然が豊かな場所ではありましたが、治安がよくないこともあってあまり外には出させてもらえなくて。自然は近くにあるのに触れられないっていうのが、飢えというか渇望のような感覚としてずっとあって、その気持ちが大人になって爆発したような、そんな気がしています。

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吉村さん(左)と、彼とともに長年様々なアイデアをかたちにしてきた、商品部の青山聡志さん。青山さんは自社での活動以外に、蓄光する人工結晶の製作や、降雨を利用したドローイングなど、自由な創作や表現を行なっている。

―こじつけかもしれませんけど、すぐ目の前にあるのに手が届かないというのはアクリルに入った植物とも重なりますね。

その通りかもしれません。見えるけど、触れられない。僕は昔から二面性とか、矛盾したり相反するものが同時に存在することがすごく好きなんですよ。光と闇の関係とか。Sola cubeにもその要素があるなと思っています。自然物を表現するために人工的な樹脂を使うことに悩んだ時期もあったんですが、最近はその矛盾こそが面白さかなと思うようになりました。

―幼少期のお話を少しうかがいましたけど、吉村さんはどんな子どもだったんですか?

図工の授業が好きで、何も言われなくても何かをつくったりするような子どもでした。絵画などの二次元的なものよりも、立体物への異常な興味と執着がありました。僕のひいおじいちゃん、曽祖父が宮大工だったそうで、ウサギノネドコのこの建物も85年前に、曽祖父が弟子の住まいとして建てたものです。もしかしたら、自分の中の立体物への興味と、先祖が宮大工であったことには関係があるかもなって。

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京町家を改装した、ウサギノネドコ京都店。隣にはカフェが併設されている。

―血の記憶じゃないですけど、そういうものがあるのかもと思ってしまいますね。

きっと何かあるんでしょうね。僕自身は曽祖父に会ったことはないですけど、自分のルーツをたどる意味で、いつか東京での仕事を辞めて京都で事業をやろうという気持ちはありました。

―東京ではどんなお仕事をされていたんですか?

広告代理店で働いていました。大学を卒業して、新卒で入った会社です。

―そうだったんですか? ちょっと意外ですね。

もともと大学では総合政策学部っていう学部に通っていたんですけど、入学してすぐの頃に大学を辞めようかと思っていたんです。通ってはみたものの、やっぱり美術への興味が捨てきれなくて、一回大学を辞めて美大を受け直したいなと。そんな中で、一般教養で「現代芸術」っていう授業があったんです。その先生が美術館の館長でいらしたので、相談に行ったんですよ。そうしたら、「いやいや、もったいないよ。この学校でも美術の先端が学べるし、CGとかコンピューターアートの世界を学んだらいいんじゃない?」って。それがきっかけで、CGを学んでみようかなとアニメーションを学べるゼミを専攻しました。

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プロジェクターに使われ、光をRGBに分解する光学プリスム。傷などが入って本来の用途で使用できなくなったものを集め、ウサギノネドコでは天然石のように加工してプリズムストーンという名で商品化している。人工物と有機性の対比には、こんなかたちも。

ーいわゆるメディアアートとか、そういった創作の世界ですよね。そこからなぜ広告の道へ?

大学時代につくった映像がテレビで取り上げられたんですよ。3分くらいのアニメーションだったんですけど、自分がつくった映像が地上波に乗って全国放送されたことにすごくワクワク、ゾクゾクする感覚があって。それがきっかけになってマスメディアの世界に興味が湧いて、広告代理店に入社しました。最初に配属されたのがマーケティングの部署で、そこから何年かしてクリエイティブの部署に移って。自動車、飲料、菓子、ゲーム、保険会社など、いろいろな業種のクライアントのお仕事をやりました。結局10年間在籍しました。

―充実していそうでしたけど、なぜ広告の世界を離れてしまわれたんですか?

なんででしょうね…。すごく恵まれた環境だったと思うし、クライアントワークもすごく楽しかったんですけど、やっぱりどこか満たされない感じがずっとあったように思います。やっぱり自分は手で直接触れられて知覚できるものを、自分の手でつくって届けたいっていう気持ちが根底の部分にあった気がします。

心の声に、耳を貸したら見えてきたもの

―幼少期の感覚や衝動が、消えていなかったんですね。

はい。それに、全部自分でリスクを背負って何かをやらずにはいられない、っていうような気持ちもありました。お金も生活もすべて投げ打って、裸一貫勝負してみたかったのかもしれません。それで会社から帰って、夜な夜なつくり始めたのが今のSola cubeの原型です。モミジバフウっていう木の実でつくったのが最初です。仕事が終わって帰宅して、10時くらいから型をつくり始めたりして。

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ここ日本では街路樹などでも目にする機会の多い、モミジバフウの果実。不思議な形状は、複数の実が集まった状態なのだとか。

―当時の吉村さんは、なぜその植物を選んだんでしょうか?

どこにでも落ちてる植物なんですよね。でも、この中に僕が求める美が全部詰まっているなと。あとはこのどこにでもあるモミジバフウをこうやって樹脂に封入することで、観察する対象になって、新しい視点がつくれるんじゃないかと思ったんです。そうなったら面白いなって。

―ウサギノネドコの源流が見えてきましたね。でも、お話を聞いているとそのときの吉村さんは、あまりポジティブな精神状態ではなかったようにも感じてしまいます。

良くなかったと思いますよ。なんだったんでしょうね、あの満たされない感覚は…。たぶん考えるとふたつ理由があって。ひとつは、広告は自己表現の場じゃなく、課題解決の場であったということなんですよね。僕の場合、あわよくばそこで自己表現をしようとしていたんでしょうけど、それができないストレスがあったんじゃないかなと。今思えばそれ自体がちゃんちゃらおかしかったんだと思いますが(苦笑)。

―なるほど…。もうひとつの理由は?

ひとつ目の理由とも近いんですが、広告業界にいると広告賞とかを受賞するような華やかな仕事に憧れるんですよね。ただ、そういう仕事の多くは花形のスタープレイヤーに集まるんですよ。自分がそういう仕事をできるチャンスはなかなかつかめないだろうなと、モヤモヤを抱えてくすぶっていたのがもうひとつの理由です。そうであれば小さくてもいいから手弁当で自分で何かをつくって、少しずつそれを育ててみようと思いました。論理的、理性的に考えて始めたというよりは、やらずにいられなかったとか、こうしちゃいられないとか、そういう感覚で始めたことだったと思います。

―そんなふうに始めて、Sola cubeの形になるまでにはどれくらいかかったんですか?

1年くらいでしょうか。最初はいろんなものを収集するところか始めました。自分のアンテナに引っかかるものをとにかく集めようと。自然物だけでなく人工物まで。植物、鉱物、動物の骨、瓶、ボタン、ベアリングにギアとか…。とにかく少しでも気になったものをやたらめったら集めました。集めたあとで、後から冷静にそれを見直して、なぜ気になったのかを言語化したり、収集しながら分類したりするようになりました。そうしているうちに、「美しくあろうとせずに美しいもの」や「機能美」みたいなものに、自分は興味があるんだなと思うようになったんです。

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撮影時に社屋の一角でつくられていた、透かしほおずき。皮を腐り落とさせ、乾燥させて葉脈と実だけを残すことで、このような状態ができあがる。

―美が副産物になっているものということですよね?

そうです。人工物でも自然物でも、そういうものに自分は興味があるんだなと思いました。だけど、そういうものをどう見せるかについては、まだすごくぼんやりしていて。そこからもう少し考えをシャープにしていって、まずは植物の造形美というテーマに行き着いたって経緯です。そこから植物の木や種や花を樹脂封入することを試していきました。ウサギノネドコを開業するのはまだ5、6年先の話なんですけど、2006年にSola cubeを生み出して、翌年には販売を始めて。少しずつ買ってくれる人や、取り扱ってくれる店舗が増えていきました。だんだん副業の範囲を超えるレベルになってきたので、2011年にいよいよ会社を辞めて独立しました。

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ストレリチアが入った大型の封入標本。ゴクラクチョウカ(極楽鳥花)の和名通り、まるで鳥のような造形と色彩がポリエステル樹脂の中でより際立っている。

―吉村さんの感性に共感してくれる人が徐々に増えていったんですね。

そうですね。最初の試作は自分でも扱える樹脂でつくるところから始めたんですが、それをいよいよ透明度が高いアクリルでつくってみようというタイミングで職人さんを探して「こんなものをつくってみたいんです」と次の試作ステップに進みました。その仕上がりを見て「これは面白いものを発明した…!」くらいのことを自分では思ったんですけど、周りの人からは「これってなんなん?」くらいのことを言われました。

―温度差を想像して、ちょっと胸が苦しくなりました(苦笑)。

今でこそ、こういう用途のないもの…という言い方もアレですけど、実用性のないオブジェは理解されやすくなってきた気がしますが、20年前は戸惑う人のほうが多かった。僕自身もうまく説明できず、「いや…なんかよくない?」くらいにしか言えなくて。そんな中にもたまに響く人はいたので、100人にひとりくらいに伝わればいいやという感じでSola cubeの販路の展開を始めました。ウサギノネドコは、その延長にある感じですね。

試行錯誤の日々。今日もまた

―でも、明確な用途がないものは意味のないものなのかと言ったら、そんなことはないですよね。

そう思います。Sola cubeはわかりやすい機能こそありませんが、誰かの心にスッと入って何かを感じてもらえるなら、それは立派な機能と言えるんじゃないかと。ウサギノネドコで今売っているものは、そんなものばかりだと思っています。それがあることで少しだけ生活が豊かになったり、日常とは違う世界に飛ぶことができたり、癒されたり…。そういう存在になれているとしたら、それこそが現代において必要とされているものじゃないかと信じています。

ウサギノネドコと不意のうつくしさ

円柱型のアクリル樹脂に封入されているのは、抜け落ちたものを採取した鳥の羽根。ギンケイやヨウムなど、種類は様々だ。

―「ウサギノネドコは、ニッチでも入り口は広く」と言われていたのは、そうした考えがあったからなんですね。ネーミングの由来も気になっていたんですが、それを踏まえるとやっぱり“うなぎの寝所”をもじったものなんですか? 間口が狭くて細長いものとの棲み分けというか。

もともと、曽祖父の建てたこの町家があったので、独立するときに宿泊業をやってみようということも決めていました。それで、京町家って実際にうなぎの寝所みたいだし、“寝所(ねどこ)”って響きはいいなと。それと同時にSola cubeの直営店として “自然の造形美”をお店全体のテーマにすることも決めていたから、何かそれに紐づける形でいいネーミングができないかなと考えていました。そうやって調べている中でヒカゲノカズラっていう植物のことを知ったんですが、その呼び名が“うさぎの寝所”だったんですよ。

―造語じゃなくもともとあった呼称だったんですね!?

はい。乾燥させたヒカゲノカズラを今もお店の入り口に飾ってるんですけど、すごく原始的な造形の植物で、触るとちょっとふわふわしていて。この植物がアイコンだったらいいなと思ったし、ウサギノネドコっていう響きもいい。2階に宿もつくるし、うなぎの寝所にもかかっていると。色々カチッとはまった気がして、この名前にしようと決めました。

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―ウサギノネドコの今昔が見えてきましたけど、今後についてはどんなふうに考えていますか?

これは言葉にするのは今も恥ずかしいというか抵抗があるんですが、アートの世界で何か表現したいという気持ちが少しずつ強まっています。もともと「立体物や造形物に興味があるんだったら、アートの世界で活動したら?」というようなことを言われることは何度もあったんですが、あえて自分ではそれを避けてきました。いくつか理由はあるんですけど、一番は自分自身の逃げだと思います。この世界じゃ自分は勝てないと思っていたり、もっと圧倒的な才能がある人に対してのコンプレックスがあって。だからこそアートのど真ん中の土俵には上がらないようにしていたり、その隙間を狙ったり、競合が少ない世界で戦おうとしているところが正直あります。

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―アートを志すかどうかは、創作や表現に興味がある人だときっと悩んだ経験がある方も多そうですよね。そこから吉村さんの意識が変わったのは、何かきっかけがあったんですか?

何年か前にニューヨークのメトロポリタンミュージアムでコム デ ギャルソンの川久保(怜)さんが個展をされていましたが、あの場所でそれが行われたのは僕にとっては大ニュースでした。もちろん先鋭的なことをずっとされ続けてきた方だとは思いますが、あくまで主戦場はファッションでありビジネスの世界なわけで、違う舞台で活動した結果、美術の最高峰の舞台でその成果が認められたというのは本当にすごいことだなと。おこがましいと思いますが、ウサギノネドコがいつかそれに近い成果が残せて、発表の場ができたとしたら、それはもういつ死んでもいいかもなと思いました。仕事としてやり切った結果と言えるし、僕の生きた証とも言えるだろうなって。

―熱量に鼓舞されたんですね。

はい。あと、うちの商品部で商品管理から商品開発まで、商品にまつわることを全部担ってくれている青山というスタッフがいるんですが、彼はプライベートでアート作品をつくっています。彼に限らず自分の表現の世界を仕事とは別に持っているスタッフが多くいまして、彼らからも僕自身は刺激を受けています。本来僕は集団行動が苦手なんですが、そんな僕でも価値観が近いスタッフがこうして集まってくれているこの環境は本当に恵まれているなと思います。

―きっと、それもものづくりが繋いでくれた人の縁ですよね。

本当にそうですよね。MOMOTARO JEANSさんから最初にお話をもらったときも同じでした。ものづくりへの熱い想いを感じたから一緒にやってみたいなと思えたし、自分もものづくりの世界の片隅にいる身として、本気でやらなきゃいけないなって。これまでにデニムと向き合う機会はなかなかなかったけど、いざやってみると自然の造形美と通ずるものがあるなと僕は思って。結構いろいろとチャレンジングなことをやらせてもらいました。期待値は高そうだけど、頑張ろうと。

―やっぱり吉村さんの根底にあるのは、今もものをつくりたいという情熱なんですね。

そうなのかもしれません。いやぁ、ものづくりって、事業としてははっきり言ってすごく非効率ですよね。ロスもいっぱい出るし、在庫も持たなきゃいけないし、物理的なスペースも取るっていう。完全に時代と逆行しているとは思います。だけど、それでもしょうがないと思うんですよ。やっぱり、僕らはものをつくることが好きだから。

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PROFILE
吉村紘一
1978年生まれ、京都府出身。幼少期を東南アジアで過ごしたのちに10代で日本へ戻り、慶應義塾大学の総合政策学部へ進学し、のちに環境情報学部に転部。卒業後は広告代理店に入社し、マーケットプランナーやコピーライターとして複数の企業に携わる。在職時から試行錯誤し販売を開始したSola cubeの規模拡大を後押しに2011年に独立し、“自然の造形美”をテーマにモノやコトを発信するウサギノネドコを2014年に開業した。今日までに国内外で展示・販売を行ったり、出版物を制作するなど、型にはまらない活動を続けている。

@usaginonedoko_kyoto @solakoichi

Reported by…

今野 壘
編集者
1987年生まれ。インタビューを通し、国内外のデザイナーやアーティストから市井の人々まで、多くの個性と日々向き合っている。熱量の生まれる現場に足を運び、それを世に伝えることが本懐。

@ruik0205

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