「NATURAL INDIGO」
瀬戸内、児島のカインド・オブ・ブルー
CONTENTS
「特濃-TOKUNO BLUE」を筆頭に、他のどこにもない青の表現を追い求めてきたMOMOTARO JEANSの姿勢と覚悟をもっとも顕著に表しているのが“ナチュラルインディゴ”というカテゴリーです。ここ日本で1000年を優に超える歴史を持つ、伝統的な本藍染め。天然の藍の葉から生まれる染料を使って染め上げた糸を、手作業で織り上げてつくられるデニム生地は、元は舶来品のジーンズに日本独自の個性を添えています。しかし、その味わい深い表情を形にしてゆく職人とものづくりの現場には、決して美談だけでは語れない、悲喜交々の多くの物語が。岡山県は児島で生まれ育ち、MOMOTARO JEANSのナチュラルインディゴシリーズを一手に担う藍染め職人、岡本好春に訊く、藍染めの価値。底の見えない青の世界に半生を費やした男の、誰も知らないよろこびと葛藤の話。
PHOTOGRAPH : Kousuke Matsuki
EDIT & TEXT : Rui Konno
藍とインディゴ、それぞれの青


―岡本さんの作業をしばらく横で見ていたんですが、この糸の束は染めるときにただ浸すだけじゃなく回すんですね?
そうですね。この糸の束を綛って言うんやけど、漬けておくだけだと均等に染まらないんですよ。藍染めって空気に触れることで青くなるから。染めたばっかりのときは緑色をしてて、それが空気に触れると青くなる。
―だから染色液と空気に交互に触れるように回すんですね。この工程は何度か繰り返すんですか?
最低でも十回以上は繰り返します。結局、その回数を増やすと濃くなっていくんで、それをやってようやく仕上がり。あそこに掛けてる綛も4回とか6回とかなんで、まだまだです。一度染めたら3時間くらい置いて、それぞれの綛を1日2回くらいずつ染めていくんですよ。
―染めては乾かして、ということでしょうか?
いや、そのまま乾いたらダメなんですよ。染めてから洗ってない状態で乾くと、真っ茶色になっちゃうから。

―え? そのまま青くなるわけじゃないんですか?
そうそう。結局藍染めいうのは自然の葉っぱを発酵させていて、そこから出た灰汁を染色に使うんやけど、その灰汁が落ちていないまま乾くと茶色くなるんです。焦茶色のような、濃い茶色。一度その色になっちゃうと、もう何をしてもその色が取れないんですよ。
―それだけでそんなに違いが出てくるんですね。
そうですね。基本、藍染めって青くはないんですよ。液も青くなくて茶色っぽくて、それが空気に触れて酸化することで青くなるんです。
―さっき、綛を洗っていたのはその灰汁を落としていたんですね?
うん、それが乾くと一段階、色が薄くなるんです。もうその繰り返し。
―藍染めのデニムと、一般的なデニムはやっぱりまた違うものなんですか?
まったく違います。いわゆる合成インディゴのデニムとはまた別物。インディゴのジーンズは穿いてるとアタリが出るけど、藍染めのものはそれがほとんど出ないんです。ロープ染色のインディゴと違って、藍染めは手作業で場合によっては何十回も染めるんで、糸の芯まで色が入っていくから色が落ちにくいんです 。その代わりに藍染めは太陽光や紫外線に反応しやすくて、穿いてると全体が焼けてくる。だから僕らは藍染のデニムの経年変化は色落ちと言わずに、ヤケと呼んでます。
―藍染めが紫外線で焼けると、どんな色になるんですか?
口じゃなかなか表現しづらいんやけど、強いて言うなら古布をイメージしてもらえるとわかりやすいかなと思います。古布ってわかりますか?
―昔の野良着とかに使われているような生地ですよね?
そうそう、そうです。野良着にも藍染めのものが多いと思うんやけど、ああいう緑がかった色というか、茶緑というか、そんな色合いに変わっていきます。藍染めは一回でしっかり染まるインディゴ染めに比べて淡色・中色が出せるのも特徴なんやけど、MOMOTARO JEANSは“特濃ブルー”にこだわってるから、新品だと色が深すぎて一見インディゴとの差がわかりにくいかもしれないですね。それでもやっぱり色合いも違うし、別物ですよね。


1_綛と呼ばれるコットン製の糸の束。藍染めでは環状になったこの綛を回しながら染色液に漬けてゆく。2_藍染めの鍵となる染料、すくも。これをアルカリ性の熱湯と混ぜながら発酵させていく工程が“藍建て”と呼ばれる。
―そこに藍染めはヤケが生じることで、一気に見えがかりが変わってくると。さらに洗っているうちに褪色もしていくわけですよね?
いや、藍染めは糸の芯まで染まるから、洗濯しても染料が落ちることがほとんどないんですよ。ただ、なんぼ特濃とは言っても、濃くしすぎると藍染めは紺じゃなくなるんですよ。紺色を通り過ぎて赤紫色っぽくなる。そのギリギリをコントロールして、MOMOTARO JEANSは染めてます。個人的には淡色・中色の綛ムラがある生地も藍染めらしくて好きなんやけどね。
毎日同じで、毎日違う
―そもそもですけど、岡本さんが藍染めの世界に足を踏み入れたのはどういう流れだったんですか?
元々、MOMOTARO JEANSを立ち上げた前社長の眞鍋(寿男)さんが藍染めをやっていて、僕はここに機械系の担当として入ったんですよ。でも、板を切って布を挟んで柄を出すとか、そういう染めの技法なんかを近くで見ているうちに藍染めがおもしろそうに見えてきて。元々ものづくりは好きやったし、それで眞鍋さんに「藍染めをやらせてほしい」と言って。「もうペーペーやから、給料はなんぼでもいいです」って(笑)。
―そんな始まりだったんですね!
それからはMOMOTARO JEANSのデニムももちろんですけど、社外のメーカーさんからも「こんなものを染めてくれ」って言われるから、それを藍染めするようになって。印象的なとこだと、サンゴとかも染めましたね。カルシウム分が多いから、意外ときれいに青が入るんです。
―サンゴも生きてるときにはまさか青くされるとは思ってなかったでしょうね。
(笑)。そうでしょうね。あとは流木とかも藍染めするときれいでしたね。そうやって藍染めをやってきてもう23年目ですけど、まだまだ未知の部分がありますよ。

―それだけ続けていても習得しきれないんですね。特に難しいのはどんな部分ですか?
一番は染色液の管理です。染めはある程度自分の思った通りのものができるんですよ。それにも、10年くらいはかかりましたけど。でも、例えば甕に染色液を仕込むとき、夏場だと普通は1週間から10日くらいで発酵してくるんですけど、それがなぜか始まらなかったりして。今使ってる藍の染色液なんかは新しいんですけど、これも去年の11月の15日くらいに仕込んで、今年に入ってようやく染められるようになりました。
―染めの前段階で、そんなに時間が要るものなんですね。
発酵度合いはかき混ぜてみればわかるんですけど、元が自然のもんだから毎日変わるんですよ。そこが難しいですね。それでも毎日世話をせんといけんから、休みがないんです。盆も正月も、毎日混ぜに来ないとダメ。僕、年末に体調を崩して起きれん状態やったんですけど、それでも藍甕を混ぜないといけないから無理くり毎日来てました。
―毎日続けなきゃいけないというのはそういうことですよね…。いつ発酵して染め始められるかも定かじゃないわけですし。
うん。しんどいですけど、怠ると藍は死んでしまうんで。「今日はええわ」ってことにはならないです。毎日撹拌して、酸素を入れてあげないと。そうしているうちにぶくぶくと発酵してきて、それが空気に触れて青くなって固まっていくんです。

染色時に布地を挟んで柄を表現する“板締め絞り”に用いる木の板をまとめた一角。使用頻度が高いものほど、濃く染まっている。

染色液の表面に現れる“藍の華”。すくもが灰汁に溶け、発酵してる証拠でもある。
―この泡、不思議な質感だなと思ってずっと見ていました。
これ、“藍の華”っていうんですよ。すくもっていう材料があるんですけど、それは普通の水には溶けないから、PH11から13くらいの強アルカリの熱湯で練っていくんです。木を燃やした灰を熱湯で濾すと、PHが上がるんで。藍を建てるっていうんですけど、それを繰り返して発酵を待つんです。このすくもも、今はどんどん手に入らなくなってきてて。
―原料自体がですか?
結局、すくもの原料になる藍の葉っぱをつくる農家さんが減ってきてるんで、供給が少ないんですよ。すくもをつくる人を藍師さんって呼ぶんですけど、藍師さんのところですでに量が限られちゃってる。だから、僕らが「すくも、今年は5俵ください!」と言っても、「それは無理です…」となっちゃう。
―そのすくも自体も、つくるのに手間がかかるものなんですか?
すくもは乾燥させた藍の葉っぱを大きい部屋で山積みにして、その上にむしろをかけて水を打つんです。それで大体1週間から10日おきくらいにそのむしろを外して撹拌して…っていうのを大体100日間くらい続けてつくるんですけど、要は腐らせて堆肥みたいにしたもので。ただの葉の状態でも染められないことはないんやけど、それやと色素があんまり出なくて。それがすくもの状態になると何年も保存ができるようになるし、色素もしっかり出るんです。
終わりのない道、職人の世界

藍染めの根幹を成す、藍の葉。これはタデアイで、収穫時には緑色だった葉が、乾燥することでこの独特のブルーになる。
―藍染めの製品ができるまでに、そんなに多くの人が関わってるんですね。
そうですね、やっぱりそれが藍染めの価値だと思います。この綛が6本あってようやくジーンズ1本分になるかどうかやし、一反分生地を織るのにこの綛がだいたい76本くらい要るんですよ。だから、どうしても時間がかかるし、合成インディゴに比べて値段も高くなってしまうんですよ。色々見よったら“藍染めデニム!”と謳っててすごく安いものもあるけど、本物の藍染めではないものも多いです。普通の人だと一見わからないかもしれんけど、僕らが見たら色の違いですぐにわかります。
―何十年もかかって技術を習得して、染めるためにもそんなに労力が要るというのは、相当忍耐力が必要ですよね…。
だから、若い人で職人希望の人とかも来たりするんですけど、やっぱり続かないですよ。多分、職人っていうものをもうちょっと簡単に思ってるんだと思います。僕らにとって職人の道って、若い頃にはすごい怒られて、親方の言うことにはイエスしかなかった。やっぱりそれに耐えられるくらいの人じゃないと続けられないくらい大変です。染めては失敗しての繰り返しで、そうやって経験を積んでいって初めて職人になれる。僕は若い頃から人に使われるのが嫌だったし、人に聞くのも嫌だったんで、とにかく自分で調べてやってみて人の3倍、4倍頑張ろうと思って一生懸命やってました。それでも失敗したら、そこで初めて眞鍋さんに聞いてみるんですよ。で、「こうしたらええんじゃねぇか?」と言われるんだけど、その答えもきっと100%ではなくて。やっぱり教科書はないんです。
―そのトライアンドエラーの現在地が、さっきの発酵の話だと。
はい。これから暑くなっていくと、発酵が進みすぎて液が30度くらいまで上がるんですよ。そうなると酵母が雑菌にすぐやられるし、染められる量も少なくなる。だから雑菌にやられないように撹拌しながら、場合によっては石灰を撒いてあげて殺菌していくんです。それも入れすぎると藍の酵母菌も殺してしまうから調整が難しい。それも経験していかないとわからないです。正直、作業の内容だけを見たら、あんまり魅力はないですよね(苦笑)。

―それでも岡本さんが20年以上も続けてこられたのは何故なんでしょう?
好きなんですよね、やっぱり。染めっていうこの仕事が。色とか柄とか、そういうもので自分が思ったようなものができたら、やっぱり嬉しいなと思います。僕がこの世界に入ったときには藍染めでデニムをつくってるところなんて多分MOMOTARO JEANSくらいでした。だから、デニムが好きな人以上に、藍染めのことを知って大事にしてくれる人の手に渡ってくれたらいいな、なんて考えながら今も毎日綛を染めてます。
―本当に職人芸なんですね。藍染めのデニムっていうのは。
自分のことを職人だ! とはあんまり思ってないですけどね(笑)。いまだに僕はペーペーですよ。多分、完全な習得っていうのはないんだと思います、藍染めには。

#100 NATURAL INDIGO STRAIGHT 12.2oz
経糸に岡本が手作業で染めた本藍染めの糸を使用した、12.2オンスデニム製の5ポケットジーンズ。マーベルトとポケットスレーキには肌触りのいいコットンシルク地を採用。マーベルトの切り替え部分に配しているのは、日本刀の下げ緒や桐箱の装飾のための結び紐として発展した児島の伝統工芸品、真田紐。デニム生地はもちろん旧式力織機で織られていて、セルビッチの青耳部分や、ウエスト背面の刺し子のパッチまで本藍染め。幅広いスタイルに馴染むストレートシルエットのみの展開。

PROFILE
岡本好春
1969年生まれ。岡山県は児島で育つ。2001年に機械技師という形でMOMOTARO JEANSを展開するジャパンブルーに入社し、その後藍染めの道を志した経緯は本稿で触れた通り。