歴史と文化の交差点、
京都で品川雅俊が思うこと
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東山区を東西に走る新門前通り。世界中から観光客が訪れる京都にあって、そこは昔ながらの風情と街の情緒を今に残しています。MOMOTARO JEANSの新たなフラッグシップストア、MOMOTARO JEANS KYOTOがあるのは、そんな落ち着いた街並みの一角。古い町家を改修したこの店舗は建築設計ユニット、ASが手がけたもの。青木淳さんとともにASを率いる建築家の品川雅俊さんがつぶやいた、「歴史を分断したくなかった」という言葉。その真意と、無二の空間ができるまでのビハインド ザ シーンを紐解きます。
PHOTOGRAPH : Masashi Ura
EDIT & TEXT : Rui Konno
新たな形で再生された、京町家

―オープンしてまだ半年ですけど、昔からあったように京都の街に馴染んでいますね。
このお店は、元々築70年を超える町家なんですよ。だから少し前までは実際に生活が営まれていたし、生活に寄り添いながら変えられてきた建物だったはず。なので、僕らもその生活の痕跡を引き継ぎつつ新しいレイヤーを重ねる、というような姿勢で臨みました。
―そうだったんですね。そう言われてみると所々にその面影がある気がします。
そうですよね。とは言え、元の姿からは想像できないくらい変わってもいます。最初にお話をいただいたときから、この場所で町家を改修するということは決まっていて、「実際に一度見てみましょう」となったんです。その時点では何年か空き家だったようで、地面も剥き出しだし、埃っぽくて真っ暗でした。でも、今のお店にも小さい天窓がありますけど、あそこから光が射していて魅力的にもなりそうだなとも思えたので、やってみたいなと。
―ASとしてもやっぱり珍しいお仕事だったんですか?
はい。僕らも京町家に正面から向き合うことは初めてだったので、工務店さんに一から教えてもらいました。施工されたのが亀匠さんという京都の町家の建築にすごく長けている方々で。例えばこの柱の木も弁柄が真っ黒だったんですけど、「こういうのは灰汁洗いっていう技法で落とすんだよ」、とかというように。そうすると、今みたいな明るいテクスチャーに変わってくるんです。


―ずっとこういう質感だったような自然さですね。
お店に来たら上の方を見ていただくと、真っ黒な柱梁が残っているのがわかると思います。逆に、壁にくっついている柱は新しく足したものなのですが、元々は白木できれいなんです。それを伝統的な柿渋で塗って落ち着いた色にして、古い柱とのコントラストが強くならないようにしています。そういうやり方を、ひとつずつ教えていただきました。
―ずっと建築に携わってきた品川さんたちにとっても、それほど新しい試みだったんですか?
MOMOTARO JEANS KYOTOは普段の仕事とはまったく別物でした。古い建物なのでCADで引いたミリ単位の直線でできた空間ではないし、剥がしてみないとわからない。工法も知らないことばかりなので、現場で大工さんと会話をしながらつくっていきました。事務所でいくら図面を引いて来ても、その通りには絶対ならないので。
―これだけの建物を支えている柱が石に乗っているだけっていうのがすごいですよね。
最初、浮いていて地面に着地してない柱とかも何本かありましたからね。え!? と思って、それを京都の建築家に話すと「普通ですよ?」とかって言われて(笑)。この新門前通りには昔から絵草紙や骨董品のお店が並んでいて、そこに地元の方の生活がうまく融合している風景が今でも残っています。その雰囲気を大切にしたいと思いました。祇園からも近いけれど、ツーリズムに寄った場所とは違う落ち着きがあって、それをどうやって引き継ごうかなと。

―京都と一口に言ってもエリアごとにムードは全然違いますよね。そういった土地の個性を把握されるのは大変だったんじゃないですか?
京都との接点で言えば僕らは京都市京セラ美術館の改修をずっとやっていて、4、5年くらいはこのすぐ近くに通っていたので土地勘はありましたし、規模も構造もまるで違いますがどちらも築70年以上の建物の改修です。そういう意味での文脈というか、繋がりも感じています。

京都と児島をつなぐ坪庭
―でも、80年前につくられた建物ということは、旧耐震どころじゃないわけですよね。
構造体を大きく変えてしまうと現行法規に合わせる必要が生じるので、今回は構造をいじらない範囲での改修としています。それは結構重要で、現行法規に合わせるとなると防火や構造を新しい基準で設計し直すことになるのでこの空気感は失われてしまいます。町家の今までの歴史が一回まっさらになってしまうので、それは避けたかったんです。
―その個性がなくなってしまったらもったいないですもんね。日本人はもちろん、海外の方にとってもすごく新鮮で興味を惹く空間だと思います。
そうですね。ただ、正直そこは特別に意識してはいなくて。MOMOTARO JEANSの方々からも「“いかにもインバウンド向け”というようなものにはしたくないんです。そうなると、お土産屋さんのようになってしまうから」と最初に言われていました。「わかりやすい京都らしさではなく、フラットにやってください」と。それに救われたというか、おかげで色々とチャレンジができました。
―特徴的な部分として、やっぱり試着室が特に目を引きます。
元々、あの奥の部分に坪庭らしきところがあったんですよ。それが多分、ある時期にお風呂や水回りが増築されて、半分埋まったような状態になっていました。それをもう一度きれいにしました。最初に「充実したフィッティングルームが欲しいです」と言われていたんですが、フィッティングって当然閉じなきゃいけないので、どこに配置するかは結構悩ましくて。ボリュームもあるから視線を塞いでしまうし、圧迫感があるから。それで考えたのが、普段は扉を開け放って、坪庭まで貫通するようなこの構成でした。試着のときにはプライベートな坪庭空間のようになるし、普段はシースルーでエントランスから完全に貫通した空間になるんです。青木ははじめ、「この坪庭を通ってお客さんをお店に入れてはどうか」と言ってましたね(笑)。

―(笑)。青木さんと品川さん、双方から意見を出し合ってこの空間が形になっていったんですね。
そうですね。僕は青木に対して結構なんでも言わせてもらえるというか。青木の人柄もあって、そういうふうに人の意見を聞いてくれるんですよね。それは僕だけじゃなく、スタッフの意見も聞きたがるし、自分が否定されることをいとわないというか。
―世代は一回り以上違っても、対等に意見を言い合えるというのは何気にすごいことなんじゃないですか?
ひとりのアイデアだけだと、おもしろくならないと青木が思っているからだと思います。与えられた条件の中で何ができるかを常に考えているからこそ、やっぱり対話の相手が必要だし、否定されることも必要だと僕も思います。建築事務所のデザイナーっていうとトップがコンセプトを打ち出して、それにみんなが付いていくというイメージを持たれるかもしれませんが、うちはそういうやり方ではありません。
―この坪庭もその産物なんですね。かなり立派な木ですけど、これはソテツですか?
そうです。以前に青木と僕とで児島にお邪魔して、MOMOTARO JEANSのみなさんに案内していただいた際、児島の本店の向かいにある旧野崎邸のお庭に立派なソテツが見えました。元は製塩で財を成したという方のお屋敷で、南の国からやって来たようなエキゾチックなソテツは瀬戸内の風土にも合った植物だったみたいで。それで、児島から京都にその雰囲気を引き継ぐ形で、坪庭でそれが表現できたらいいなと。実は二条城にも蘇鉄の間という空間があって、庭園にはソテツが植えられています。京都と瀬戸内に共通するもので、さらに海外からやってきた舶来品っていう意味ではデニムと通じるところもあるかなと。
―ブランドや商品の個性からの連想もあったんですね。
はい。MOMOTARO JEANS KYOTOは、そういうことをすごく考えさせられるプロジェクトでしたね。古民家に新しい素材を加え対峙させるとか、そういう単純なやり方ではちょっと通用しないなというのが、まず僕らが感じたこと。この町家は最近まで修繕が重ねられ、古い木や土壁だけでなく新しい木材もすでにあったんです。新旧の要素がすでに混ざりあっていました。そこに今回、アクリルの照明といった一目で新しいとわかる素材だけでなく、風合いのあるアルミを使った什器だったり、柿渋によって古い材に寄せたマテリアルだったりを重ねていきました。そうしていくと、元からあったものと新たに加えられたものが一目ではわからなくなります。新旧が混ざり合ったパッチワークのような状態が一番いいんじゃないかなと。元々あったものが古くて、僕らがインストールしたものが新しいとは一概に言えない、この感じが。
ストーリーは続く。ここから、また


―ミスマッチなようで、ちゃんと調和していますよね。
MOMOTARO JEANSがつくっているデニムっていうのも、“らしさ”で語られがちな世界だと思うんですよね。アメリカらしさ、ヴィンテージらしさとか。それは京都も同じです。リブランディングのイメージを聞いていると、そういう既存のあらゆる“らしさ”と、適度な距離でいたいんだろうなというふうに感じたんです。だからデニムらしさや、京都らしさを意識しすぎないようにしつつ、だからと言って完全に分断した空間にしてしまうのも違うから、そこのバランスに一番気を遣いました。既存のものに対してのリスペクトは持ちつつ、リスペクトしすぎないっていう。魅力があるものに対してどう向き合うかを考えたときに、ただ目の前にあるもの、ただそこにあるものとしてまずは向き合いたくて。
―そういう精神性も感じつつ、使い勝手の面ではすごく合理的なのがおもしろいです。
例えばデニムだったら、どれだけ哲学があって見栄えがしても、やっぱり衣服としての実用性がないとダメじゃないですか。お店も、それを体現していなきゃいけないと思いました。素材本来の色合いや風合いを活かしながら経年を楽しむっていう、MOMOTARO JEANSの姿勢は理解していたので、厚化粧をするよりはあらゆるものが素材そのままで現れているけど美しい、というような空間を目指しました。
―お話しを聞いて改めて見渡すと、リブランディングというタイミングや、京都という立地の必然をすごく感じる空間ですね。
やっぱりその環境や街、状況との連続性があるお店は気持ちいいなって思うんです。演出空間として、一回分断されてつくり込まれたようなお店はいっぱいあるけど、街の景色と自然につながっているようなお店に、僕は魅力を感じます。


PROFILE
品川雅俊
1982年生まれ、東京都出身。東京藝術大学の美術研究科建築専攻の修士課程を修了し、2008年に青木淳建築計画事務に参加。その後、同事務所でチーフを務め、2020年には事務所名をAS(アズ)に改称、以降は青木淳とともに指揮を執る。これまでにルイ・ヴィトン福岡店、京都市美術館、千光寺頂上展望台PEAKなど、様々な様態の建築や施設に携わっている。