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デニムの糸が描く、「KURASHIKI TEMARI」

デニムの糸が描く、
「KURASHIKI TEMARI」

2026.05.01 FEATURE

土地に根づく手仕事には、人から人へと受け継がれ、時を経て育まれた美しさがあります。私たちはその背景に向き合い、ジーンズづくりへの想いを重ねてきました。

今季、焦点を当てたのは岡山倉敷の民藝として知られる「倉敷てまり」。デニムに使われる糸で美しい幾何学柄を描く、MOMOTARO JEANSならではの特別な一品が生まれました。

デニムの糸が描く、「KURASHIKI TEMARI」

願いをつなぐ、「倉敷てまり」

古くから「円満」や「良縁」を願う縁起物として愛されてきた手毬。平安時代、上流階級のたしなみとして始まった手毬づくりは、江戸時代には綿花の普及とともに庶民の民藝へと広がりました。

土台を丸く仕立て、長い糸を幾重にも重ねていく丹念な工程。 「物事が良い方向へ転がりますように」という祈りを込めた手仕事が、長きにわたり人々の幸せを見守っています。

デニムの糸が描く、「KURASHIKI TEMARI」

この手毬の伝統と倉敷地域の民藝精神が結びついて生まれたのが「倉敷てまり」です。

起点となったのは、倉敷民藝館初代館長・外村吉之介氏の志。今からおよそ50年前、熊本に伝わる肥後まりに深く感銘を受けた外村氏の、「倉敷に独自の手毬文化を根づかせたい」と願ったことに端を発します。

以来地域の人々による「倉敷てまり会」の手によって、今日まで繋がれてきました。岡山の風土と美意識を反映させたその佇まいは、この土地の記憶を静かに映す縁起物として継承されています。

受け継がれる作り手の想い

デニムの糸が描く、「KURASHIKI TEMARI」

▲倉敷てまり会代表 金原幸子氏

近年、その伝統に新たな息吹を吹き込んだのは、先代の孫にあたる金原さん。幼い頃から祖母の手毬づくりを見て育った金原さんが、若い世代へ繋ぎたいという祖母の願いを受け、継承を決意されたのは2014年のこと。当時、作り手の高齢化という課題に直面していた「てまり会」の現実に向き合いながらも、情報発信や展示会を重ねることで認知を広げ、”作りつなぐ”ことを続けています。

また、当時は地糸やかがり糸に鮮やかな色彩を用いていましたが、その在り方も少しずつ見直しを重ねてきました。現在は倉敷の風土に溶け込むような色合いを求め、落ち着いた天然染の糸も追求。理想とする色彩を具現化するため、自ら採取した草木を用い、糸を染め上げることもあるといいます。

デニムの糸が描く、「KURASHIKI TEMARI」

▲金原さんが自ら染めた糸。ベージュ色の糸はヤマモモ、手前のグレーはクヌギ、赤はベンガラ、緑は藍とヤマモモで染色。

作品の土台には、「もみ殻」と再利用した書の和紙を使用。身近な素材を慈しみ、再び命を吹き込む。 そこには、日本の民藝が長年大切にしてきた「暮らしの知恵」が受け継がれています。

デニムの糸が描く、「KURASHIKI TEMARI」

▲もみ殻と再利用した書の和紙に、幾重にも糸を巻き重ねて形を整えます。


「KURASHIKI TEMARI」TESSEN・ASANOHA 

今季、MOMOTARO JEANSでは、岡山に息づく手仕事に想いを重ね、オリジナルの手毬を仕立てました。

糸には、デニムに用いる糸を藍で染めたものを使用。倉敷てまり会で作り継がれてきた伝統柄の中から、藍の色合いがよく馴染む「テッセン(クレマチス)」と「麻の葉」の二種を選び、特別な一品に仕上げています。

デニムの糸が描く、「KURASHIKI TEMARI」

通常、手毬のかがり糸には20番手三子撚りの糸が用いられます。対して、本作で選んだのはデニムと同じ単糸。かがる際に生じる糸のねじれを、一針ごとに正していく。 この繊細な調整を経て、ようやく均整のとれた幾何学模様が形になります。

時間をかけて一針一針丁寧に仕上げられる「KURASHIKI TEMARI」。ひとつひとつの作品に宿る、手仕事の美しさをお楽しみください。

デニムの糸が描く、「KURASHIKI TEMARI」

TEMARI-TESSEN

鉄のように強くしなやかな蔓を持つテッセン(クレマチス)。絡み合う姿から、絆や良縁を象徴する吉祥文様です。「TESSEN」の下糸(淡い藍色の糸)には、デニムの裁断クズを再紡績した反毛糸を使用しています。

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デニムの糸が描く、「KURASHIKI TEMARI」

TEMARI -ASANOHA

麻の葉をかたどった六角形の連続文様。健やかな成長や魔除け、繁栄を願う意味が込められています。

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倉敷てまり

倉敷てまりは、昭和後期に、熊本に伝わる伝統工芸「肥後まり」の美しさに魅せられた、倉敷民藝館初代館長の外村吉之介が地元の女性たちに呼びかけ、倉敷てまりの制作が始まりました。

やがてその技法は地域の人々の手によって大切に守られ、今日に至ります。倉敷の風土を映し出すような、素朴で穏やかな佇まい。 土地に根ざした手仕事の形として、今も静かにその輪を広げています。


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